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 間違いを認めるという行為は、反省と言い換えることが出来る。そしてそれは多くの場合、過去の自分の否定と同義でもある。
 積み上げてきたものが多ければ多いほど、これは困難となる。したがって、頑張った年寄りは間違いを認めないのだ。
 「ワシの90年はなんだったんだ!」なんて認めたら、それこそ精神が壊れる。若者は若者で、20歳のうち15年間違えてたら「俺の75%は何だったんだ!」となるので認めないのだが。
 作家や詩人などはそれこそ20年や30年そこらしか生きてないくせに、このパーセンテージに絶望して自殺するのだ。90年も生きてる人間が自己否定なんてしたら、瞬時に死ぬ。死なずにはおられない。
 かもしれない運転などない。今まで大丈夫なものはこれからも大丈夫。俺最強。じゃなければ死ぬ。すぐ死ぬ。死ぬかもしれないじゃない。死ぬ。殺さなければ死ぬ。

 「間違いを認められる大人ってステキ!」などと口走るのは、身勝手な若造の理不尽な同調に過ぎない。
 亀の甲より年の功などと自らに言い聞かせる老人と、正論や、或いは経験の伴わない机上論を振りかざすガキとの間に架け橋など在ろうはずも無い。あったとしたら、それこそ気持ちが悪い。
 永遠に闘争を続けるのが正常だ。でも面倒くさいから棲み分けるほうが良い。
 ところが、間違いを認める認めないの問題は、年齢や経歴で確定できるものではないから、棲み分けも不可能だ。だからといって、排除や従容、或いは切断などとは言うは容易けれども簡単にはいかぬ。とかく他人は面倒くさい。
「そういう生き物だ」とあきらめるほかにない。
 犬に「にゃーんと言え!」とかいう無茶は誰も言うまい……いや、言うんだろうな……はぁ……。

 一線超えて、なんでも認めちゃう年寄り(孫ができるとこうなるのか?)はカワイイ。たとえ白痴と罵られ搾取されようとも、だ。ほーんとかよ?
   かんれん!

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