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 必然性の認められない騒音に対するストレス。最もわかりやすく、そして攻撃的な例としては扉の類が挙げられる。去り際にガシャーンと閉めれば、ほんの些細なすれ違いも途端に巨大クレバスへと変貌するであろう。ガラスなどがはじけ飛ぶと、なおの事ハラショーである。その場合は器物損壊なので、ストレスとかいう問題ではないが。
 困るのは車だ。やさしく閉めるのが難しいために、攻撃のつもりなど無いのに攻撃に見えたり、或いは攻撃のつもりなのに気づいてもらえないといった誤解が生じやすい。

 これを「わかっちゃいるけどやめられずに(或いはただ単に気づかずに)」他人に撒き散らす行為について、「理解している人々」は怒りや哀れみを覚える。
 これを「理解できずに」他人に撒き散らす行為について、「理解している人々」は理解ができない。
 たとえば夜中に往来で騒いでいる若者が、注意を促してきた警察官に対して「車の走ってる音のほうが圧倒的に大きく、或いはサイレンなどその最たる例ではないか。従って我々に罪はない。裁かれるべきは大人と社会である」などと主張し、しかも自分たちがいざ眠ろうというときに別の若者たちが騒いでいても、サイレンが鳴ろうとも、オスプレイが飛び交おうとも、いっかな気にならぬといった人種。これが理解できない。彼らは超人類であると思う。

 ところで、そんな超人類は本当に存在するのか? 悪ぶってか、それとも余裕を見せ付けるようにしてそのように振舞う人々はたくさんいるが、真に超人類と呼べるような人々はいるのか?(耳が遠いのは除く) 
 本当は騒音のストレスを知ってはいるけれど、自分たちがそれをひり出すにあたっては容易にはやめられないだけの人々ばかりではないのか?

 さりとて、たとえ超人類が一定数存在したところで、その超人類が撒き散らす騒音を許容できるわけではないし、また、超人類であろうとなかろうと、彼らが自らの騒音に対して寛大であることには変わりなく、つまり周囲の人々の迷惑に変化はない。対話が通じるか否かの差異だけだ。ゆえに超人類は駆逐される。

 最も許しがたいのは『ナンチャッテ超人類』の分際で対話を拒否するばか者であろう。つまり他人の騒音に対しては怒りを向けるが、自分の騒音に怒りを向ける者に対しては逆切れを敢行する輩である。まずは鏡との対話からはじめようか。

 おっと忘れちゃいけない。必然性の認められる騒音に対して怒りを向けるサルの存在を。できれば黙殺したいところであるが、こういうサルに限ってアグレッシヴである。救急車に空き缶を投げつける手合いのものだ。


 
 簡潔に結論だけおいておこう。
 
 ムカつく奴は大体自分に似ている。
   かんれん!

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