ソツなるものを人は嫌う。それを知っているにも拘らず、ソツなるものをばら撒く者がいる。あれは言わば、目糞をほじくり出すようなものである。他人に不快でも、当人にはこの上ない快楽をもたらすわけだ。ああ、やめられやしない。何せこういった人間に限って、ソツなるものを払ってしまえば何も残らないのだから。ああ、やめられやしない。今日も今日とてソツを掘る。
ところで、タカラなるものを持っている人間は、最初からソツなるものを生み出さないものだ――偽造はするが――。あたりまえだ。世の中はソツなるもので溢れ返っておるのだから、これを更に育成したり、或いはまかり間違ってタカラなるものとして認めてしまったりしては、とても生きていけない。狂ってしまう。ソツなるものの否定は生命としての正しい本能である。
さて、問題は何を言いたかったのかとんと思い出せぬという、慎み深い現実である。('A`)オー
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