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 一人の勇者と、一人の魔王があった。勇者は愛を叫び、魔王は欲を奏でた。
 あらゆる者達はこの二人のいずれかに従うことを決め、しかも互いにその存在を認め合おうとさえしたものだ。
 つまり、勇者と魔王は等しい価値を持ち、どちらがどちらに劣るなどということがなかったのである。
 無論、正義と不正の点においても、両者は同等である。
 しかし、人々はそれが嘘であることに気づかないではいられなかった。
 そう、勇者の存在は偽りであり、それは野犬だったのである。
 犬に従った人々は真の勇者を探そうとするのであるが、魔王に見合うだけの愛を持つ者が果たして一人でも存在しえるのかという疑念がわきあがって、初めて、彼らは人間を予感するのだ。
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>>THE 女岡っピチ捕物帳~お春ちゃんGOGOGO!~
 難易度「難しい」でまたやってるとか( ´∀`)序章、弐章はとりあえずクリア。敵は硬いし攻撃は痛いしで「難しい」の名に恥じないレベル。
 発見したのは、このゲーム体力満タンの敵でも無理矢理捕縛できるってこと。ただし連射機ないときつそう。敵が硬いので割と重宝するが、敵多いのにムキになって捕縛しようとするとそのまま死ぬ。
 あと、投げ技中に受けた攻撃はほぼノーダメージ臭い。完全にノーダメージかもしれない。と言っても2~3人が同時に飛び掛ってきたらそのまま死ぬ。攻撃力は高いというか雑魚は問答無用で即死の勢いなので、使えなくもないかなぁ・・・ふむ。

 さて、参章壱幕。
 銃兵がいるので、とりあえず国宝鮒(銃撃特効)は必須・・・と思いきや、普通に最大防御つけるのと変わらない・・・
 95+銃特と、135でほぼ互角ってことは、特効はせいぜい40前後ってことか。てことは振袖も十手も、特効ついてる奴なんかは基本攻撃力、防御力がゴミだから、総合的には赤字?・・・ばっかじゃないの。

 まぁ、とにかくプレイ→調子乗ったりムキになるとすぐ死ぬので、体力満タンでも慎重に立ち回るのが吉。ただでさえ爽快感のないゲームでチンタラポンタラ動くのは苦痛でしかないように思われるが――実際それは否定できないのだ・・・!――、無理に闘うより走り回って隙あらば捕縛って方がまだマシと感じられるようになればしめたものである。
 で、まぁ、適当にボス戦。銃持ちと一対一なのだが、雑魚がいない=おにぎりがない=事故ったらフォローが効かないという状況なので、けっこうキツそうであることが予感される。で、肝心のボスだが・・・判然言ってウンコ。今までとは逆の意味で。こっちはカウンターなら一発で4割五分持っていかれ、そうでなくてもどっちみち3発程度で死亡、ついでにガード不可(何で?雑魚の銃はガードできる。削られるけど)とかで泣ける。
 一方的に攻撃してても、相手はやられモーションキャンセルする勢いで打返してくるので封殺は無理臭く、ジャンプで避けたつもりがふわふわ下降中に再度撃たれたり、良い感じで着地しても、いざ攻撃に転じたらカウンターでゴッソリだったり、そもそも馬跳びホバリングは前進しないと出せないから、相手にタイミング合わせながら狙った場所に着地などということは不可能。これは原理である。
 空中で撃たれた場合は起き上がりにリバーサルで攻撃重ねられることもあるし、そもそも相手の攻撃タイミングもよく分からんとかでほんと詰み。
 この先のステージは更なる地獄と予測でき、運任せでしかクリア不可、それどころか運があっても無理ではないかと思われるゲームに対して、自分の下手さを棚上げしてこういうことを言うのはいかにもゆとりらしくて自らの白痴っぷりを晒すだけなのだろうが、しかしそれでも言わねばならぬ。

 このクソアマ乳首引きちぎって炭火で焼くぞゴルァ!なんじゃこのクソゲーはあああぁぁぁぁっぁぁっぁぁl!!!

 ちなみに、序章裏幕なんかも4発くらいで死ねるとか無理。少なくとも無双1~3、OROCHIの最難なんかは目じゃない。4の修羅はクリアしたことないので知らん。
 効果的な立ち回りがあるのかもしれんが( ´∀`)まぁ実際問題、銃ボスとダルマとラスボス以外はどうとでもなるような気もするが・・・。あーあー


 善と、偽善と、悪とが選択できる場合、人は詐欺師としての資質を問われるという面倒な立場に立たざるをえない。むろん、この詐欺師というのはただ単純に仕事の内容を指すものではなく、いわば人が人たるべくために必要な性質であり、故にこれそのものを拒絶することは許されない。
 善の場合、これは他を省みずに槍を突き立てる行為であり、それによって生じるあらゆる弊害に目を瞑るものである。それを隠蔽するためにはいかなる虚言をもいとわず、したがって世界に対する裏切りである。無邪気にいえば、ヒーローは人殺しである。
 偽善は最も打算的で、なおかつ典型的な欺きである。
 悪は当然、善に対してはこれを遠ざけようとし、他の悪に対しても城門を開くことは無い。
 つまるところ、人は常に詐欺を働いているわけだが、しかし偽善者に限っては程度の差こそあれど、少なくとも悪に対しては正直である。人間らしさの指標としては心許ないが、調和のためには偽善が好ましいように思われる。

 が


血迷って古いほうのパッパラ隊を読み直している。

最初期のとびかげきめぇwwwwwwwwwwwwwwwwww







なにやってんだろ





ドラマ三国志やってるーーーー゜+.(・∀・)゜+.゜

と思ったらもう関羽死んでるーーーー・゚・(つД`)・゚・

>>26時間

 さんちゃん出て一気に空気変わった゜+.(・∀・)゜+.゜
 水を得た魚とはこのことか。紳助は数年内にヘキサゴン終わらすって明言してるが、あくまでもビジネスと割り切ってるのがよく分かるな。
 見てる方としては超人が楽しんで好き勝手やってるのは理解できない部分も含めて面白いものだ。その最もたるのがビートたけしか( ´∀`)しかし反面、雑魚が騒いでるのを見ると吐き気しかしない。これはけっこうの人が共感するところであると信ずるが、つまり、たけしやさんまのバカ騒ぎを蔑む人たちは彼らを雑魚と認識しているわけだ。これをひっくり返すのは難しい。

 むろん、面子や自尊に関する理性は出来うる限り無視しての話。理性を尊重した場合はハードルが一段上がる。うざい。



 奴らは非常に羞恥に満ちている。陰湿で、嫌悪を湛えた視線を投げかけてみるが良い。奴らは顔を赤くして、稲光のように地中深く隠れてしまうだろう。或いは欺瞞による好奇か、うぬぼれに由来する暴力的な侮蔑をぶつけてみるが良い。奴らは即座に君達に襲い掛かり、雨のような唾を吐きかけるに違いない。ところが君に本当の智恵と勇気と力があり、自信に裏打ちされたまなざしを向けたとき、奴らは少女のように頑として固まるが、やがて真実を語り始めるものである。


26時間テレビが酷いな( ´∀`)朝5時くらいのテンションとかでゴリ押しも不可という体たらく。これはいかん、いかんぞう。やはり紳助はローカルじゃないと澱むわー。


さんちゃんを出せさんちゃんを。
>みのっち
FFV
 あまりの弱さに同情を禁じえない。なにかね。魔物とはこの程度のものかね?しかもすこぶるメジャーな存在であるところの彼が。一介の姉であるサリサたんに比べて、神話に登場するお兄ちゃんであるところの彼が。ふむ。


>知ちゃん
FFV
 知識はあるけど使い方を知らない典型。無論多くの場合、そういう批判は知識すら持たない負け犬の言ではあるが、こと、彼に対してはフォローの余地がない。
 或いはまた、自らの死すべき時、絶対論的運命、宿命の類を知っていたか。彼女らが世界を救うためには己の命を捧げるといったところ。なるほど、フォローの余地がないどころか、彼は世界に貢献しているではないか。ラプラスの魔は無の力すらも凌駕するとか何とか。
 まぁなんていうか、あれだ。大人気ない戦い方してごめんね。子供ですから。


 それを得た者には、通常考えられないような、少なくとも現実的に想像が許されるレヴェルを越えるような、素晴らしい強さ――力、と言って良い――が与えられると言う。
 それは一つには、無条件の期待に応えようとする過度の責任に由来している。大抵の人は自らが本来から半ば潜在的に持っている力を、自分でも気軽に承認しかねる方法論に基づいて発揮するし、その力の大方を自覚しさえするものである。
 彼らは時に自らを鼓舞し、力の引き出し方を経験的に理解しようなどと試みるが、当然、これは殆どの場合意味をなさないか、常に全くの無意味かのどちらかである。余計な意識、欲が力の発現を邪魔立てしようとするのだ。つまり、この力は力そのものを行使するためだけに濫りに利用する事は出来ず、何らかの必要、必然に駆られて初めて発現するものである。そのため、当人はその力の強弱を意のままにコントロールすることが出来ない。そういった事実を突きつけられたとき、彼らは不安に陥るのであるが、これは大した問題ではない。彼らの力がいざ発揮された時、これらの些細な不安などは殆ど無に等しい――そしてその事を彼らはぼんやりとではあるが、認めている――。
 問題となるのは、自分の力を最初から具体的、積極的に否定する者である。逆に、実際に力を持たぬ者は何らかの問題にぶつかった時、意外なほど落ち着いており、これを多角的に解決する確かな方法論を知っているため、心配には及ばない。力を持っており、しかもそれを行使することも可能であるにも拘らず、それを否定する者が危険なのだ。具体的に言えば、彼らは直接、或いは間接的に殺人を犯すのである。
 力を正しく使っている多くの人々は、こういった論に対して敏感に、迅速に異を唱えるであろうが、そのような間違った一方通行の仲間意識は直ちに捨てていただきたい。力ある者は大いなる責任を誰に対しても発揮しようなどと考えるが、少なくともこのような場合においてはそれは行き過ぎ、思いあがりである。それでも彼らは力を否定する者を守ろうとするし、力を否定する者はこれを利用しようとするわけだ。しかし本当に守るべきなのは、彼ら力を否定する者達ではなく、力を与える筈の最初の源泉、彼らが得た――または得ようとしている――ものであり、或いは彼らが傷つけることになるであろう全ての人々である。このことを見失って、力を否定する者を攻撃しようとする第三者の集団に関する問題もまた、深刻である。自らの力を否定する者たちは、自分に刃を向けようとする集団に対しても当然心を開かないし、のみならず彼らはまた必要以上に自分の力を否定し続けるだけである。
 乱暴に言ってしまえば、力を否定する者を矯正する事は殆ど不可能なのだ。
 外部から硬い棒を用いて彼らの軌道を修正しようとしても、彼らはびくともしないどころか、肝心要の道、レールの類がそこには存在せず、のみならず八方が恐ろしく深く、異臭を放ち続けるねばねばとした沼に囲まれているといった状態である。しかもその沼には永遠としか思えぬ壁がそそり立っているのだ。無論、いかに尋常ならぬ強い力を用いたところで、これを破壊することはかなわない。それでいながら、力を否定する者は自分の意思とは全くの無関係であることをことさら強調するように、あらぬ方向に秋波を送りながら、壁の向こうにいる人々を殺すのだ。超常現象のごとき力を行使しながらも、彼らはそれでも自己を認めない。
 これを認めさせることが、我々に課せられた使命であろう。それが全ての人々を守護することに直接つながるのであり、物理的な矯正の効かぬ彼らに対する唯一の有効手段である。
 さて、力では変えられぬ彼らの頑なな否定に働きかけるには、二つの方法しかない。
 一つには、彼らの力を気の済むまで何度も発現させることだ。しかし当然ながら、こんなやり方は許されない。犠牲者が一人で事足りると言うのであればまだしも幸いであるが、そうはいかぬと言うことを我々は過去のあらゆる事象からうかがい知ることができる。十人、百人、千人、万人の命を食らってもまだ認知できぬ者、死ぬまで殺し続ける者も珍しくはないのだ。
 もう一つには、彼らに対して我々の力を見せ付けることである。永遠の壁の破壊を試みて失敗するというような情けない落ち度を見せず、彼らが殺そうとしている相手を徹頭徹尾守り抜くことで、一種の絶望を与えるのである。一見するとこれは効率が悪く、しかも無謀に思えるかもしれない。なるほど、このことによって彼らが自分はやはり無力なのだと思い込んでしまう――これは第三者集団による攻撃と同じ結果である――、という危惧は当然と言えば当然であるが、実際にはそのような形の絶望を与えるわけではない。それは最悪の失敗事例であり、我々が是非とも回避したい現象であるが故に、そのような失態を演じることは「ありえない」のである。それだけではない。彼らの力が強いからこそまた、「ありえない」のだ。何故って、彼らの否定する力は我々の守護の力よりも確かに強大であるが、しかし彼らの攻撃の力は我々の守護の力に確実に劣るのである。これは根拠の無い信頼関係に基づいているかのようにも見えるが、実際には必然に基づく動かしがたい事実である。
 彼らは我々の計り知れぬ力の前に、殺害の計画を断念するわけだが、かといって完全に屈服するわけではない――そんな事はたとえ彼らが望んだところでかなわぬのだ――が為に、二つの認識が得られるのである。つまり我々の力と、彼ら自身の力について、である。
 彼らが自身の力――守護の力には負けるが矯正の力には勝てるという確固たる地位――を承認すれば、その瞬間に永遠の壁は泥の中へと溶解し、殺風景な、それでいてしっかりと踏みしめることのできる大地が出現する。こうなってしまえばしめたもので、彼らはその素晴らしい力を使ってこの地を開拓、整備し始めるのだ。もはや我々の手助けなど必要としない強い意思がそこにはある。
 ところで、強い力を認識した上で、これを我々の常識を逸脱した必然の許で悪用し、永遠の壁を故意に築き上げる不届き者が少なからずいるらしい。これについて我々は・・・いや、誰もが為す術を持たない。せいぜい我々の力を以ってして物理的に叩き潰せばよいのだと言う野蛮極まりない意見が時折持ち上がる程度で、しかもそれが許容されることは恐らくありえないし、或いは実行できたところでこういった矯正が絶対に成功しないことは明らかである。
 そんな者たちを指して我々は魔物と呼んでいるが、しかし魔王たる先導者を持たぬ彼らを一掃できるような手段、勇者の類は全く期待できず、ただただ終わりなき防戦を強いられるのである。しかもこの悪意は伝染すると言う・・・・・・
 こうなると魔物が所持しているであろう、不幸に汚された源泉を少しでも浄化することが求められるが、その周りにはすでに有刺鉄線が張り巡らされている有様で、我々がこれを守ることすら困難たらしめている。無論、全てを諦めて自浄作用に期待しようなどと言ってはならぬ。むしろこれは元来説明のつかない強さを今まで当たり前のように行使してきた我々に対する、なにがしかからの警告なのかもしれない。つまり、人類は新たなステップに片足を乗せているのだという信じがたい事実を示唆し、我々は近いうちに旧人類となるであろうという予言であると同時に、果たしてそれは正しいこと、必然であるのかと問いかけてきているのかも知れぬ。となればこれは守備一貫などと固まっている場合ではなく、全ての源泉のための、まさに戦いのときである。


全長37センチのロンギヌスの槍(何に付属してたやつかは失念)に14人のゲンドウをくっつけてはこれにゲンドウツリーなどと安直な名をつけて愛でていたら、ぽっきり折れだ・゜・(ノД`)・゜・。
「ドラマみたいwwwwwww」
大雨の大通り。傘もささずに泣きながら笑う夜。

犬を入れぬな
 打消しの否定命令。つまるところ、
犬を入れぬをしてはならぬ

犬を入れねばならぬ

犬を常に所持せねばならぬ

そしてまた常に犬を入れぬの反対をし続けねばならぬ

したがって全ての運動は禁止される

熱的死あるいは局所的永劫回帰


 こいつは根の深い看板だぜ・・・

 7時間ぶっ通しで鉄拳やったら吐いた。お薬の過剰摂取はこういうことを引き起こすのですよ。


 そういえば先月くらいだけど、勝率6割のボブ使いに12連勝くらいしたら (ボブを使ったのは最初の2回くらいで、後は全部ノーカードで色々)、つかつかとこっち回ってきたから、「弱光のくせになかなかヤルじゃん」などと褒めてくれるのかと思ったら




 「マジリアルに殺してぇ・・・」




 と、耳元で囁かれた(´・ω・`)ホワイヨ



>>戦艦ビスマルク
思わず買いそうになるが、しかし
Q.8 何号まで続くのですか?
A.8 『戦艦ビスマルク』は全140号を予定しております。
※予定完結号数は変更される場合がございます。あらかじめご了承ください。


140ww
1号1200円として、16万@3年がかりとか( ´∀`)タミヤのやっすいプラッチックでええわ。プラッチックで。
こういうのって雑誌の方はクオリティ維持できるのかな?まさか紙切れ一枚と部品一個で1000円取るわけにもいかんだろうし。



FFV
女子供相手に全裸@4人がかりで襲い掛かるストーカーさんマジでハンパないっす。バッツが正宗乱れ打ちとかで秒殺しててなかなか頼もしい。サリサたんは相変わらず居合い抜こうとしてますが(´∀` )戦闘は計画的n


 気をつけろ!

 男は星の数ほどいないのだ!何一つ比較にならぬわ!
 女の美しさと星の美しさは異質なものだ!
 第一、星は遠くから見てはじめて美しいのだ!近くで見てみろ!地獄そのものだ!

 気をつけろ!

 太陽は好きで輝いているんじゃない!
 月は好きで地球を照らしてるんじゃない!
 地球は好きでそいつらとくっついてるんじゃない!
 奴らの挙動など大昔のオッサンどもが殆ど断定的に予言できる程度のものだ!

 気をつけろ!

 そいつは、オマエの、何で、ある、か!かーーーっ!('A`)オー!

>>選択式御題 35日目
56.「全てを背負うこと」

ぷるぷる。
ぷるぷる。

おててがぷるぷるふるえます。

ぷるぷる。
ぷるぷる。

おくすりをください
このシーンはけっこう好き(=‘ー‘)・・・あれ?砂漠でも似たようなシーン無かったっけ。
FFV
一番前にいるのって出番ない人だよね?(何


 その欲望は大変に危険なものである。誰もが抱き得る最も根源的で、しかも安直極まる欲望である。多くの場合はこれに目を瞑るわけであるが、どうやら最近ではあまりに盲目になっているらしい。つまり人々はそれについて、理性的な忘却を試み、それに成功しているなどと考え始めたのだ。それはある面では正しいのかもしれないが、しかしいざ、その根源たるところの、つまり暗い通路の向こうからやってくる看守の足音と同等の欲望に直面した時、人々は混乱するのだ。わけの分からぬことを叫んだり、問いただしたり、看守の腰から奪った鍵をへし折ったりする。それらの奇怪な行動が更に盲目を加速、拡大させ、結局、危険に対する恐怖や警戒、それに興味までもを失わせるのだ。('A`)オー


 母者がとつぜん綾波カワユスとか言い出して、どうやら私は捨て子ではなかったらしいという事を痛感している。弐拾五、六話を見たときに何と言うかが楽しみである。
えヴぁ
 ところで破には大きく言って、というよりも大雑把に言って、少なくとも三つの見方があると思う。すなわち、EVAとして見るか、少年漫画として見るか、少女漫画として見るか、だ。他に萌えとかドタバタとか巨大ロボットとか遊戯王とか、まぁ色々あるのだろうがシラーヌ・ド・ゾンゼーヌ。
 舞は序盤EVA、中盤少女、終盤少年少女って感じだったが、むろん少年漫画としてみるのが最も楽である。EVAとして見た場合は、正直いって今ひとつ。特に「序」は間違い探しのレベルなどと言われがちであったが、TV+EoEとは比較してはいかん。病が足りないのだわ。破はその分単純に揺るがされるわけで、『映画』としては正解か。更に言えば比較する必要性がないとか。
 かといって、EVAであることそのものを忘れて見てしまうと、それはそれで子供だましなんだか悪ふざけなんだか、といったところ。それこそ今度はEVAである必要さえ無いのではないかと思われるほどに。トランスフォーマーで良いじゃんって言う。
 ふむ、つまり私的にチョイスするのは、EVAなのに少女漫画のようだ!・・・ふむ、これだ。乱暴に言えば同人とか。涙あり笑いあり、必然性無しのラブ&コメディ。愛染恭子の性感マッサージ以来の名s(
 EVAであってEVAでない。ヱヴァだもん・・・・・・と、いう事は、私が勝手に旧EVAの最終的な主題であると解釈したところの、つまり、創作物の否定といったものはQにおいてぶっ潰される可能性が高い・・・・・・筈。破はそのかけがえのないものを予期させてくれた。それを確認するために舞は今一度劇場へ逝く。泣かないように頑張るよ(`・ω・´)

 今年買った扇子が早速死んだ (他面100円のやつなんかは5年使ってもピンピンしてるが、無臭で面白みも何もない) のでぼんやり密林探検。→
>>至宝の風(お札柄扇子)
 趣味悪杉ワロタwクイーンズブレイドより恥ずかしいんじゃないかコレ。

 やはり足で探すのが正解。


 成し遂げる者が求めるのは神ではなく、魔であるらしい。

 変更は容易である。或いはその機会はどこにでもありふれているものだ。したがって全ての支配者とあらゆる指導者について、これを廃棄することや、無意義の宣告を下すことは正当な権利である。
 ところがそれゆえに、何も変わらないのである。

('A`)オー



 墨「お前はどうしてそんなことが出来ると思うのかね。無理なものは無理なのだ。え、そうじゃないか。無理でないという根拠でもあるのかね。」
 筆「ぼくは頭が良くありません。だから、無理かどうかなんて考えられないし、根拠なんて、そんなもの!あなたはずっとそこで怯えていればいいのです。」
 紙「失敗に起因する制止は当事者の内だけで行われれば良い。許容と責任が我々の仕事である。」
 鎮「喋るな・・・」



女っぽいオカマが男子トイレに入っていく衝撃。
男っぽいオカマが女子トイレに入っていく衝撃。
FFV

 偶然の一枚。ギルが素晴らしいことになってて若しかしてカンストか!?などとあらぬ疑いをかける事しきり。







で?

>>エレメントハンター
 化学を前面に出してる割にはありとあらゆる物理法則を無視してるのはどういうことなんだ( ´∀`)そんな事はどうでも良いが、必然性も絶無であざとさまで見えるとかでどうしようもない。
 まぁいいや(´∀` )もうちょっと見よう。ダメならコナンだけ見よう。


>>おジャ魔女どれみ ナ・イ・ショ
 相変わらずオモロー(・∀・)全部見たら無印から見直すか(ぇ
>>破







うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ






 開始→(・∀・)ニヤニヤ→同人かwww(=‘ー‘)→(´;ω;`)ブワッ→(´゚д゚`)

 映画にここまで心を打たれるなど、何年ぶりだろうかξ*゚⊿゚)ξ
 自分はもうEVAヲタを名乗る資格も無いくらい、EVA不感症になっているのではないかなどと危惧されていたが、いやいや、びしょ濡れですわ。全ての人類に「見ろ」と吹聴して回りたい衝動が滾々と湧き出してくるわ。こざかしいことだ!今読んでる某有名小説がカスに見えるほどだ(それは錯覚でなければならないが、しかしその幻想を払いのけることは困難をきわめる)。こざかしいことだ!


 来週もっかい行くお(`・ω・´)




 ああ・・・2号機作りてぇ・・・・・・あすかー、愛してるぞー!

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