数学は科学の女王であり、数論は数学の女王である。
お題:子供を否定してみる
6-3=
という問題の答えを 9 と書いてしまった子供。
間違いを指摘されるが、この子供は消しゴムを使って書き直すということはしない。
- に小細工を加えて
6+3=9
としたのである。
これは確かにちょっと面白い。謎々としてはカスだが、教師をおちょくるための解答としては無くも無い。フフンと思った人もいるだろう。
が、これは頭の良い、機転の利いたシャレではない。自分の間違いを認めずに、相手の問を勝手に、一方的に改竄することによって自己証明をなした気になっている、全く独善的な犯罪だ。これは柔軟な子供のやることではない。凝り固まった老人のやり方である。
与えられた問題に疑問を持つこと自体は間違いではないし、それ自体は柔軟性があってよろしいが、しかし、算数のごときに於いてその考えはやはり論外であると言わざるをえないのだ。マイナスでなくプラスではないのかと疑ったり、或いは印刷のミスを調査したり、出題者の傾向を鑑みたりするには発展性もあるが、彼は何のためらいもなく問題を書き換えている。こういうことをする子供を褒めてはいけない。いや、飴をくれてやるのは良いが、同時に鞭も必要な案件である。この場合は鞭のあとに飴の方が良いかもしれない。
いや、いやいやいや、違う、待て!飴はならん!!
6-3の - を + に変えるというだけならばまだしも、彼は最初に「間違えて」 9 という答えを出している。そう、彼は最初から、 - と + を見間違えているのであって、突然に - を + に改ざんすることを思いついたのではない。つまり、機転などではなく、完全なごまかしである。しかも、「私はこのように間違えたわけですが、しかし間違えたのはあなたなのです」という、自白を伴った責任転嫁なのだ。「違うモン!間違えてないモン!」という可愛げのある駄々なのではないのだ。全く救いようが無い。
6-3=
という問題の答えを 9 と書いてしまった子供。
間違いを指摘されるが、この子供は消しゴムを使って書き直すということはしない。
- に小細工を加えて
6+3=9
としたのである。
これは確かにちょっと面白い。謎々としてはカスだが、教師をおちょくるための解答としては無くも無い。フフンと思った人もいるだろう。
が、これは頭の良い、機転の利いたシャレではない。自分の間違いを認めずに、相手の問を勝手に、一方的に改竄することによって自己証明をなした気になっている、全く独善的な犯罪だ。これは柔軟な子供のやることではない。凝り固まった老人のやり方である。
与えられた問題に疑問を持つこと自体は間違いではないし、それ自体は柔軟性があってよろしいが、しかし、算数のごときに於いてその考えはやはり論外であると言わざるをえないのだ。マイナスでなくプラスではないのかと疑ったり、或いは印刷のミスを調査したり、出題者の傾向を鑑みたりするには発展性もあるが、彼は何のためらいもなく問題を書き換えている。こういうことをする子供を褒めてはいけない。いや、飴をくれてやるのは良いが、同時に鞭も必要な案件である。この場合は鞭のあとに飴の方が良いかもしれない。
いや、いやいやいや、違う、待て!飴はならん!!
6-3の - を + に変えるというだけならばまだしも、彼は最初に「間違えて」 9 という答えを出している。そう、彼は最初から、 - と + を見間違えているのであって、突然に - を + に改ざんすることを思いついたのではない。つまり、機転などではなく、完全なごまかしである。しかも、「私はこのように間違えたわけですが、しかし間違えたのはあなたなのです」という、自白を伴った責任転嫁なのだ。「違うモン!間違えてないモン!」という可愛げのある駄々なのではないのだ。全く救いようが無い。










